2011年4月11日17時16分、震度6弱の地震がいわき市を襲った。規模はマグニチュード7.0、深さはたったの6km(ともに暫定値)。震源地となったいわき市南部では3月11日の地震よりも大きく揺れたらしく、勿来町にある私の実家も大きな被害を受けた。
田人町では土砂崩れが発生、住宅が倒壊し3名が亡くなった。別の土砂崩れでも通行中の車が巻き込まれ、後に会社員の男性が遺体で発見された。
翌12日にも追い打ちをかけるように震度6弱の地震が発生。度重なる地震でいわき市の復旧はさらに遅れることになった。そこで、その状況を確認しようと再びいわき市へと赴いた。
前回と同様、常磐道をいわき勿来ICで降りて田人町へ。福島県道71号 勿来浅川線で田人町の中心部、黒田へと向かう。途中の路面は思ったよりも凹凸が少なく、現地にはあっさりと着くことができた。そこで目にしたのは土台から傾いてしまった家である。


次に田人中学校へと足を運んだ。二宮金次郎は文字通り失脚し、校門の石柱は倒壊していた。校庭には地割れが入っている。生の地割れなんて初めて見た。


国道289号に抜けると、四時川沿いの斜面が大きく崩壊していた。

たまたま道路がない側で崩落したからよいものの、すぐ下を道路が走っていたらたちまちのうちに埋まってしまっただろう。実際に福島県道14号 いわき石川線では崩れてきた土砂に車が埋まり、犠牲者が出てしまった。
小名浜の被害はあちこちで取り上げられているので知っている人も多いだろう。大きな艀が打ち上げられ、未だにそのままだ。いわき・ら・ら・ミュウの入口の信号機も消えたまま。津波の襲来から1ヶ月以上経っているのに。





小浜漁港に比べると船の大きさが格段に違うので迫力がある。次から次へと人がやってきて写真を撮っていた。すっかり観光名所と化している。原発事故がなければもっと人が押し寄せただろう。
港から道路を挟んだところに駅がある。福島臨海鉄道 小名浜駅だ。いまでは貨物専用線だが、かつては旅客を扱っていたので駅舎があったりする。ここもまた津波の被害を受けていた。構内は砂だらけ。漂流物がレールの上に積み重なり、車まで転がっている始末。駅の片隅ではディーゼル機関車が脱線していた。



鉄道設備の被害も甚大だが、顧客である小名浜の各事業所も津波で大きな被害を受けている。しばらくは運行できないだろう。福島臨海鉄道が復活する日は来るのだろうか。
鮫川に架かる国道6号の鮫川大橋には大きな段差が生じ、大渋滞ができていた。先週、岩間町を訪れたときにはなかったので、4月11日の地震でできたらしい。応急処置がしてあるものの、既に穴が開いていた。

鮫川河口の南側に広がっていた畑は津波で壊滅。母の話によるとネギ畑だったそうだ。




下から3枚目の写真にある大きなプラントが常磐共同火力 勿来発電所。福島県浜通りの発電所のうち、唯一再稼動の見込みが立っている発電所だ。復旧作業が急ピッチで進められている。
下から2枚目の写真、鮫川大橋の向こうに見える山々の中に、4月11日の地震を引き起こした井戸沢断層が走っている。こうしてみるとのどかな風景に見えるのだが、突如として牙をむく自然の力は恐ろしい。
いわき市の中心部では多くの店舗が再開し賑わいを取り戻した。もともと損傷が少なかったのだろう。しかし、沿岸部では復旧作業がほどんど進んでいない。それに加えて山間部の田人地区が大打撃を受けた。いつになったら平和な日々を取り戻せるのか。地震活動が早く収束することを願うばかりである。
え?原発?東京電力に期待するだけ無駄だと思うが。