屋内退避地域の現実

はじめに

福島県いわき市久之浜町。一部が福島第一原発から30kmに含まれる。中心部となる久ノ浜駅前はぎりぎり30kmから外れているが、多くの地域が含まれることから久之浜町全域に屋内退避指示が出ている。いわき市では市の中心部への自主避難を呼びかけていたようだ。

久之浜は津波による被害が大きかった場所でもある。探偵ファイルや地元テレビ局で多少は報道されたものの、大きく取り上げられるのは小名浜や豊間、薄磯付近が多い。原発に近い、四ツ倉から先の国道6号が通行止め、あまり有名ではない等、いろいろな理由があるのだろうが、久之浜は忘れ去られた感がある。

その実情を知るため、地震から3週間以上が経過した4月3日および4月7日に現地を訪問してみた。

久之浜町久之浜

久ノ浜駅のすぐ近く、国道6号から海岸にかけての集落。あまりの光景に唖然とした。実家の近くの関田海岸の状況しか知らなかったので、同じ市内にここまでの被害がある地区があるとは想像もしていなかった。

瓦礫の山。他にどう表現してよいのかわからない。もともと何があったのか想像すらつかない。建物自体は残っている関田海岸とはあまりにも違う。

久之浜1

久之浜2

久之浜3

久之浜4

久之浜では火災が発生したという。壁だけ残した蔵には焼け焦げた跡があった。津波の後に火災が発生したのは宮城野区や気仙沼だけではない。規模は違うかもしれないが、久之浜でも発生していたのだ。

4月3日早朝、沖合いには護衛艦が停泊していた。艦首の番号からDD-125 さわゆきだと思われる。目的は不明。4月7日にはいなくなっていた。

護衛艦

久ノ浜駅のドアにはダンボール紙のお知らせが貼られていた。切羽詰った状況がよくわかる。駅舎は施錠されておらず、誰でも出入りできた。もちろん誰もいなかったが。

久ノ浜駅

久ノ浜駅の南には普通列車が止まったままになっていた。四ツ倉駅までは復旧する予定だが、ここを電車が走るのはいつの日になるのだろう。

672M

隣の四倉町ではコンビニが営業しているのに、ここ久之浜では営業している店はひとつもない。それどころか人影もほとんどない。港には漁業関係者の姿が見えるが、街の中は文字通り人っ子ひとり見当たらない。誰もいない交差点でただ信号機だけが動いている。はっきりいって怖い。

地震から3週間以上経過しているのにほとんど手付かずというのも気が滅入る。宮城、岩手ではもう復興が始まっているのに、ここでは津波の襲来から時間が止まったままだ。

久之浜町金ケ沢

実は久ノ浜駅や久之浜港には誰でも入ることができる。国道6号は通行止めだが、四倉町から福島県道41号 小野四倉線、福島県道35号 いわき浪江線、福島県道245号 白岩久ノ浜線で迂回すればよい。

しかし、ここから北に向かうとなると少々やっかいだ。県道35号と県道245号の交点、国道6号と久ノ浜バイパスの交点にはそれぞれ検問が設けられ、通過する車をチェックしている。事実上の屋内退避地域はその検問から先といってよい。そこで、検問の向こうにある地区のひとつ、久之浜町金ケ沢を訪ねてみた。

常磐線の下を通るレンガ造りのゲートを抜けた先、海沿いに金ヶ浜の集落がある。ゲートの周囲には瓦礫が散乱していた。なんかいやな予感がする。

金ヶ浜1

ゲートをくぐったその向こうには信じられない光景が広がっていた。瓦礫の山どころか、海岸線に近いところでは地面の砂が露出してしまっている。根こそぎとはこういうことをいうのだろうか。

金ヶ浜2

金ヶ浜3

金ヶ浜4

金ヶ浜5

金ヶ浜6

金ヶ浜7

金ケ沢には集会所、神社、そしてその名もずばりの波除地蔵堂というものがあったはずだ。それがどこにあったのか手がかりすらない。道路のアスファルトは剥がれ、一部は陥没し、私の車では集落を抜けることができない。倒壊することなく残された家も2階まで破壊されている。この小さな集落は壊滅してしまった。

防潮堤の向こうに日が昇る。いつもと変わらない太陽のはずだが、手前の瓦礫によって現実に引き戻される。これまでの日常に戻るにはどれだけの月日が必要なのか。そもそも本当に戻るのか。

4月7日になっても、金ケ沢に重機が入った形跡はなかった。

久之浜町末続

末続駅。久ノ浜駅のひとつ北の駅だ。常磐線ではいわき市最北端の駅でもある。私の記憶が確かなら、末続駅からは海が見えたはずだ。もしかしたら津波にやられているのではないだろうか。そう思って末続駅へと足を運んでみた。

心配をよそに、末続駅の駅舎は何事もなかったかのように残っていた。しかし、ホームの一部は崩れ、レールの上にホームの部材が散らかっていた。

末続駅1

末続駅2

末続駅のホームから見える末続の集落。一見すると津波の被害はたいしたことがないように思える。だが、駅から出て集落の内部に立ってみると、それが間違いだということがわかる。津波にすべてをさらわれて遠目には更地に見えるだけなのだ。

末続1

末続2

末続3

末続4

末続5

4月3日の早朝、近所に住むと思われる年配の女性が歩いてきて、じっと海を見つめていた。彼女はいったい何を思うだろうか。

そして、やはりここでも瓦礫の撤去が始まっている様子はなかった。

おわりに

福島県警察本部では東日本大震災で死亡した方々の住所と氏名を公表している。それを見れば、久之浜、金ケ沢、末続で多くの方々が亡くなっていることがわかる。それだけの死者を出した現場にもかかわらず、3週間以上も放置されたままなのだ。その気になればすぐにたどり着ける場所なのに。それを妨げているのは東京電力が引き起こした原発事故にほかならない。

東京電力の幹部はことあるごとに「多大なご心配とご迷惑をおかけして」を連発する。でも本当に「ご迷惑」の程度がわかっているのか。迷惑をかけている相手は、家を追われた周辺住民や放射能汚染の影響を受けている農民、漁民だけではない。

このような形の「迷惑」は、もっと大きな「迷惑」の陰に隠れ、報道もされず、忘れ去られていくのだろう。それではあまりにも不憫である。少しでも誰かの目に触れるよう、ここに残しておきたい。

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