究極超人あ〜るの旅 伊豆編

お客様へ

本作品をお楽しみになる前にバンダイビジュアル「究極超人あ〜る」をご覧になりますとより一層おいしく御賞味いただけます
※電子レンジは使用しないで下さい

究極超人あ〜る

究極超人あ〜る。週間少年サンデー誌上にて1985年から1987年にかけて連載された漫画である。作者はゆうきまさみ。春風高校を舞台に、光画部一同をはじめとする奇人変人が織りなすちょっと変わった日常を描いたコメディである。もっとも、知っている人にはこんな解説は不要だろう。

この作品の醍醐味は「わが春高の誇りは花園や甲子園にいくことではなく、わけのわからぬクラブが群雄割拠できるというリベラルな校風ではなかったか!?」という文芸部部長 有島の台詞に全てが凝集されているといってよい。運動部しかない田舎の中学校で強制的に部活動をさせられていた私にとって、物語の舞台となる春風高校は憧れであった。

連載終了からしばらくした1991年、あ〜るがOVA化された。東京から伊豆を経て飯田線で伊那市を目指す光画部一同のドタバタを描いたアニメである。撮影旅行として始まった旅行会社のスタンプツアー。時間内に決められたポイントを全て回れば旅費は無料。しかし、スタンプツアーの裏には光画部の宿敵、西園寺まりいの影があった、というストーリーだ。

…って原作知らないとさっぱり意味不明だと思われる。そういう層を狙っているのだからかまわないといえばそれまでなのだが。

さて、あ〜るOVAは、登場する各地の風景や、鉄道車両等が忠実に再現されていることもまた話題となった。特に物語後半の舞台となる飯田線はファンの間で聖地としてあがめられている。

2001年にはDVD化され、新たに入手できる機会を得た。1991年当時は学生ゆえ購入する財力がなかったが、社会人となったいまなら余裕である。発売日に石丸電気 つくば店に駆けつけて購入た。そして、あらためて見直してみたのだが、いまでも十分面白い。ただ、当時の面白さとは若干違って、多分に懐かしさが混じったものになったが。

そして、その懐かしさとともに思った。OVAから17年。作品に登場した場所はどれだけ変わっただろうか。あるいはいまでも変わらないのか。それを考え出すといてもたってもいられなくなり、作中の場所を訪問してみることにした。

ただし、今回は時間の都合もあり、訪れたのはOVAの前半に相当する東京から豊橋まである。その先についてはまた後日ということで。

光画部の旅行はいつだったのか

光画部の軌跡を追いかける前に、そもそも旅行はいつだったのか考察してみる。漫画準拠なら、その後日談ということで小夜子が部長を務めた1987年になる。しかし、劇中のダイヤとOVAの制作時期から、実際に参考にしているダイヤは1990年と思われる。また、一部には1991年のダイヤを参考にしている場面もあるようだ。

例えば、船町駅のシーンに登場する時刻表は、90年のダイヤが忠実に再現されている。91年、豊橋 - 豊川間に快速列車が導入され、船町駅を通過する列車が増えているので、少なくとも91年以降でないことがわかる。

一方、田切駅で椎子が手にしている時刻表は、91年のダイヤである。伊那市近郊のダイヤは90年と91年でほぼ同じなのだが、249Mの伊那市到着時刻が90年は16:08、91年は16:07で、劇中の時刻表では16:07であることから、91年のダイヤだとわかる。このように、飯田線では90年と91年がごちゃ混ぜになっているようだ。

伊豆編では時刻表の明確な描写はないものの、伊東駅の停車時間から少なくとも特急踊り子は90年のダイヤと思われる。90年のダイヤであれば停車時間が7分あり、劇中の時計とも辻褄が合うが、91年のダイヤでは停車時間が1分しかなく、スタンプを押す時間が取れそうにない。

以上から、本稿では光画部の旅行として1990年を想定し、鉄路は1990年のダイヤをもとに彼らの旅を追いかけることにした。なお、どちらのダイヤでも極端な違いが出るわけではない。

では早速、出発地の東京駅へと向かってみよう。

東京駅

旅は東京駅から始まる。OVA冒頭、「間もなく7番ホームに7時24分発 普通列車 伊東行きがまいります」とのアナウンスが流れ、7番線ホームに並ぶ光画部一行の前に185系電車が入線する。90年のダイヤでは7:26発、91年のダイヤでは7:24発の普通列車が7番線から出るが、185系といえば特急踊り子だ。そのあとの展開や、オープニングでしっかりとヘッドマークが映っていることから、光画部が乗り込んだのは7:30に9番線から発車する踊り子181号だろう。8月の休日のみ運転される臨時列車だ。

劇中の東京駅の現在の様子はこんな感じ。

東京駅劇中東京駅
東京駅

当時の7番線ホームは、中央線の高架化工事に伴い、現在では9番線となった。写真の番線表示が「9」なのはそのためである。また、ホームの向こうにはやてが写っているが、1990年には東北新幹線の東京駅乗り入れもまだ実現していなかった。18年という時間の長さをしみじみと感じる。

熱海駅

OB達に見送られながら東京駅を出発した踊り子181号は、8:55に熱海に到着する。光画部一行が悠々と改札を出ていることから、彼らはここでいったん下車し、後続の踊り子183号に乗り換えたと思われる。小夜子の「次の電車は2分後に発車ね」の台詞からして間違いないだろう。ちなみに、踊り子183号も土曜・休日のみ運転の臨時列車だ。

熱海駅劇中熱海駅
熱海駅

熱海駅では、まりいと鰯水が改札口に隠れて光画部一行の様子を伺う場面があるが、これはもう再現不可能だ。熱海駅の改札は自動化されてしまったからだ。逆に当時、熱海駅はまだ有人改札だったということである。ここでも18年という月日の流れについて考えさせられる。

伊東駅

踊り子183号は熱海を9:15に発車する。次の目的地である伊東の到着は9:37だ。劇中の伊東駅の時計は9:35頃を指しているので、この点からも踊り子183号を利用したのは間違いない。伊東では停車時間が7分ある。小夜子が駆け足で戻ってくることから、この間にスタンプを押してきたのだろう。

伊東駅劇中伊東駅
伊東駅

熱海でもそうだったが、劇中の駅名の看板には「JR」の文字がない。1990年といえばJR発足からわずか3年。当時はまだJRの文字が入っていなかったのだろう。

それにしても、写真を撮るのが10分ほど早すぎた。

伊豆急下田駅

終点の伊豆急下田への到着は10:44。当時に比べて駅舎がリフォームされているようだ。柱が太くなっただけでなく、駅に入っている店舗も新しくなっている。変わらないのは背後に見える土産物屋だ。

伊豆急下田駅劇中伊豆急下田駅
伊豆急下田駅

劇中には出てこないが、駅前のバスターミナルは当時からほとんど変わってないようだ。新しくなったのは駅舎だけらしい。

この後、光画部一行は次の目的地の石廊崎へ向かう前に、海水浴場に寄り道する。

海水浴場

「下田といえば海、海といえば…」「海水浴!」の台詞どおり、下田には多くの海水浴場がある。白浜中央、白浜大浜、外浦、九十浜、鍋田、多戸浜、入田、吉佐美大浜、田牛等々。それらの中で光画部が向かったのはどこの海水浴場だったのか。ヒントは浜から少し高いところに位置する道路だろう。はっきりとはしないが、それなりに大きな道路のように見える。下田の海水浴場のうち、このような幹線道路に面しているのは国道135号沿いの白浜中央、白浜大浜だ。広さを考えるとたぶん白浜大浜とみてよい。あまりに似ていないような気もするが。

白浜大浜海水浴場劇中白浜大浜海水浴場
白浜大浜海水浴場

光画部がどうやって海水浴場に向かったのかを示す描写はないが、おそらくバスだろう。白浜大浜の最寄りのバス停、レスポ白浜まで下田駅から約10分。白浜方面へのバスは現在でも30分間隔で運転されており、当時もそれほど待たずに往復できただろう。小夜子の台詞「もう1時間も遊んだのよ」から海水浴場に1時間強滞在したとすると、下田駅には12:30頃戻ってきたと思われる。

見晴台

次の目的地、石廊崎へはバスで向かうことになる。伊豆周辺の90年バスの時刻表は、JTB時刻表 1990年7月号に掲載されている主要路線のものしか入手できなかったため、東海バスのWebの資料コーナー「昔の時刻表が語る」に掲載されている1994(平成6年)4月の時刻表で考察する。解像度が粗くて読み取れない部分も多く、現在のダイヤの所要時間からの推定もあるが、光画部の行動のおおよその見当をつけるには差し障りはないだろう。

さて、前述のように下田駅に12:30頃戻ってきたとすると、12:35発の石廊崎灯台行きのバスに乗ることができる。

劇中、石廊崎へ向かうバスを遠くから映す場面がある。この場面のもとになっているのが見晴台から見た下流地区の風景だ。崖の法面の形が大きく変わってはいるものの、奥に見える集落の雰囲気はそのままである。

見晴台劇中見晴台
見晴台

このとき、バスの方向幕は伊豆急下田駅となっているが、進行方向からすると逆の石廊崎方面になっていなければおかしい。もしかすると制作側のミスかもしれない。

石廊崎

バスは13:14に石廊崎灯台バス停に着く。ここからジャングルパークを抜けて石廊崎灯台へ。現在、ジャングルパークは閉園しており、跡地は立ち入り禁止なので本当は石廊崎港から歩かねばならないのだが、坂を上るのが面倒なのでちょっと失礼させてもらった。

バス停から歩くこと約10分。石廊崎灯台が見えてきた。

石廊崎灯台劇中石廊崎灯台
石廊崎灯台

写真では木に隠れて灯台の下のほうが見えないが、当時はまだここまで育っておらず、劇中の描写と同じような雰囲気だったようだ。18年もあればこれくらい育ってもおかしくない。

この後、光画部一行は大胆な行動に出る。熊野神社の祠の上で記念写真を撮影するのだ。

熊野神社劇中熊野神社
熊野神社

しかし、バチ当たりとかいう以前に実際に祠に上に登るのは絶対無理。まず足場がない。ついでに9人も登れるだけの広さはない。そしてこの写真を撮った鳥坂はもっと大胆だ。

石廊崎劇中石廊崎
石廊崎

さりげなく柵の向こう側で写真を撮っているが、すぐ下は断崖絶壁である。高さは30mくらいか。やはり鳥坂は只者ではない。

そんな光画部の後をつけてきたまりいと鰯水。ここまでどうやってきたのか謎。光画部と同じバスに乗っていれば後をつけているのがばれてしまうから、タクシーでも使ったのだろうか。

石廊崎バスターミナル劇中石廊崎バスターミナル
石廊崎バスターミナル

鰯水が光画部の行方を聞き出した東海バス案内所は、いまでは錆びたシャッターで閉ざされている。当然ながら自動販売機もない。

この後、鳥坂の一言「一度通った道を二度通るなど言語道断」をきっかけに、光画部の伊豆山中迷走が始まる。

伊豆山中

鳥坂の「湯ヶ野で踊り子号にスイッチする」という台詞と、鰯水の「松崎まわりで湯ヶ野に出る方法を聞いていたって」という台詞、そして鳥坂が手にしていた路線図から、光画部一行が予定していたルートは石廊崎灯台→吉祥→松崎→下箕作→湯ヶ野と思われる。劇中では、「踊り子号に出会うにはこの道を行ったほうが早いのだ」という鳥坂の意向により、途中でバスを降りて山中へ入っていくのだが、仮に途中でバスを降りなかったらどうなるか、同じように1994(平成6年)4月の時刻表で考察してみる。

前述のように石廊崎灯台着が13:14だとすると、石廊崎灯台13:57発の吉祥行きバスで松崎方面に向かうことになる。終点の吉祥への到着は14:14だ。ここで14:25発の堂ヶ島行きバスに乗り換え、松崎へ向かう。松崎到着は15:43。松崎からは16:08発のバサラ峠経由下田駅行きバスに乗り、途中の下箕作で国道414号を湯ヶ野へと向かうバスに乗り換える。

下箕作到着は16:45頃だ。しかし、踊り子号が河津駅を出るのは14:35で、湯ヶ野到着は14:50頃だ。ぜんぜん間に合わない。それどころか、湯ヶ野16:54発の修善寺行き最終バスにすら間に合わないことになる。鳥坂はこれに気づいて近道しようとしたのかもしれない。

ちなみに、JTB時刻表 1990年7月号のダイヤでは、踊り子号の湯ヶ野発は14:49、最終バスの湯ヶ野発は16:49である。たぶん同じ結果になるだろう。

DVDに収録されているスタンプツアー・マップメニューによると、劇中の山道は実際には存在しないとのこと。実際に近道になるかどうかはともかく、松崎→湯ヶ野のショートカットとしては静岡県道115号 湯ヶ野松崎線(未開通区間は大鍋林道)があるが、入口の様子が劇中とだいぶ異なる。そこで、それっぽいところでお茶を濁しておく。

山道入口劇中山道入口
山道入口

写真の場所は国道414号 峰山トンネルの西側出口の近くだ。ただし、この道が伸びている方向は湯ヶ野とは真逆である。

ちなみに、松崎から土肥経由で修善寺に向かうのであれば十分間に合う。15:00から18:00時までの間、松崎発修善寺行きのバスが5本も出ており、所要時間は約100分なので、遅くても20:00には修善寺に着く。伊豆箱根鉄道 駿豆線の修善寺20:16発の列車に乗ると三島到着は20:48。後述する三島20:55発の東海道線の列車に間に合う。

豊橋駅

豊橋駅で終電を待つまりいと鰯水。光画部が乗っていないことを確認にきたはずが、降りてきた一行を見て悔しがる。光画部一行は伊豆山中で運良く土木研究会のトラックに出会い、修善寺と三島はそのトラックで送ってもらったのだ。

豊橋駅劇中豊橋駅
豊橋駅

時刻表によると当時の終電の豊橋着は0:05。劇中の時計と同じだ。この終電に乗るには、三島20:55発の列車に乗り、静岡で乗り換えることになる。

ホームで椎子が「修善寺と三島とトラックで乗り付けたもんね、楽勝よ」と言っているが、土研に拾われたのが早くて18:00だとしても、荷台に人を乗せた状態のトラックで伊豆半島を3時間弱で縦断するのはあまり楽勝ではないと思うぞ。

それにしてもまりいと鰯水、この二人の行動のほうがよっぽど謎である。翌日、車で移動していることから豊橋まで車で来たと思われる。しかもレンタカーではなく鰯水の車のようだし。

東京から伊豆急下田までは光画部と同じく特急で移動しているので、その途中に車を置いていたとは考えにくい。あらかじめ伊豆急下田駅近くに車をとめておいたか、東京まで戻って出直したのだろう。どちらにせよ運転はすべて鰯水が担当したのは間違いなさそうだ。ご苦労なことである。

というわけで今回はここまで。続きを予定しているので尻切れトンボで終わる。

[先頭に戻る]

Copyright (C) 2008-2024 烏合総合研究所