(非リア充的に)試される島 沖縄

我那覇くん!沖縄に帰ろう!

47都道府県の中で唯一、未踏の地であった沖縄にやってきた。以前からいつかは訪ねたいと思っていたのだが、非リア充には敷居が高そうなイメージがあり、ずっと先送りにしてきたのだ。

しかし、そんな敷居を越えるブツがやってきた。その名はV-22 オスプレイ。

これはぜひ見に行かなければ。気がつくと航空券を予約していた。それはそれでいいのだが、問題は勢いあまって4泊5日という長期滞在にしてしまったことだ。オスプレイ見物だけでこんなに時間は潰せない。

しょうがないので非リア充なりに観光することに。

喜屋武岬

初日は移動のみ。那覇新都心に宿泊。夜はどこかで外食の予定だったが、体調不良により取りやめ。ビールを飲んで早々に就寝。

2日目、朝いちばんにレンタカーを借りて、最初に目指したのは喜屋武岬。風光明媚であると同時に、戦時中、米軍に追い詰められた人々が身を投げたという悲しい場所である。使い慣れないカーナビに喜屋武岬をセットし、南へ向かって進む。

あれ、なんか、道が、狭い。岬の直前にいたってはすれ違い困難だ。

喜屋武岬への道
喜屋武岬への道

ようやく着いた喜屋武岬。それなりに有名だし、もっと観光地化されているのかと思ったら、予想外になんにもなかった。非リア充的にはこのほうがありがたいけど。

喜屋武岬
喜屋武岬

崖の下を覗き込んでみる。あまりいい気分ではない。なぜかカラーコーンが落ちていた。

崖の下
崖の下

崖にはアサガオが花を咲かせていた。

ノアサガオ
ノアサガオ

うーん、なんかこう、切なくなるな。

ひめゆり平和祈念資料館

喜屋武岬から車で20分ほど、ひめゆり平和祈念資料館に到着。さすがに喜屋武岬よりは人が多い。館内は写真撮影禁止なので、写真はひめゆりの塔だけ。

ひめゆりの塔
ひめゆりの塔

「塔」とはいうものの、実際にはかなりこじんまりとした石碑である。

資料館内では、制服がセーラー服から国民服に変わっていくとか、学年によって髪型が決められるようになったとか、そういうところにばっかり目がいってしまい、ダメダメっぷりを全開。射撃訓練をする写真に見入ったのは決して某鉄砲アニメのせいではない。

そういうところはさておき、展示を見ていて意外と思った点がある。それは、ひめゆり学徒隊の皆さんが私の予想のはるか上をいく軍国少女だったことだ。日本が負けるわけがないと思っていたとか、特攻機に歓声をあげていたとか、え?そんなんだったの?というのが正直な感想だ。

琉球処分の経緯とかもあって、沖縄の人々は大日本帝国万歳のわけがないと思っていただけに、いろいろと考えさせられた。

ここは平日の午前中ということもあってか、すいていて入りやすかった。非リア充でも十分耐えられる。

首里城

次は三大がっかり名所のひとつといわれている、首里城の守礼門へ。札幌市時計台、高知のはりまや橋は制覇済みなので、これが最後だ。

守礼門
守礼門

なんと工事中だ。予想の斜め上でがっかりだ。

せっかくなので城内をうろつく。那覇市街が一望できる西のアザナではなにかのロケが行われていて立ち入りができなかった。残念。

次いで首里城正殿へ。入場料を払うのも癪なので、外側から奉神門を見物。

奉神門
奉神門

時刻は午後1時前。お腹が空いたので公園内のレストランで昼食とする。非リア充的には屈辱といっていいが、背に腹は代えられない。

古宇利島

さて、南部はリア充御用達の場所が多すぎるので、河岸を変えて沖縄中部へ。沖縄自動車道で終点、許田ICまで向かい、そこから名護市中心部を経て八重岳方面へ。瀬底島、屋我地島、古宇利島を見て回る。

古宇利島
古宇利島

古宇利島北部に車を止め、海岸を少し歩いてみる。うーん、人が少ないとはいえ、カップルばかりではないか。誰もいないと思ったんだけどなあ。やはり沖縄は非リア充には厳しい。私の相手をしてくれるのはナマコやウニくらいなもんだ。もはや脊髄動物ですらない。

ナマコ ウニ カニ?
海の生き物たち

あとで知ったことだが、古宇利島にはアダムとイブに似た伝説があるんだとか。島自体がカップル向けだったいうオチ。

この日は名護に宿泊。晩飯に出向いた食堂でやさぐれ気味の子猫に癒される。店に入ったのが午後6時前と早かったせいか、客は私のほかにひとりしかいなかった。非リア充的には大変よろしい。

国道58号線 ゼロ起点

3日目。東部海岸沿いに沖縄本島最北端の辺戸岬を目指す。

昨日はどこにいっても「わ」ナンバーばかりだったのに、国道331号に入ってしまうと地元の車しか見かけない。それもたまにすれ違う程度。追いつくこともなければ追いつかれることもない。

東村から沖縄県道70号 国頭東線に入ると、さらに車が減る。というか誰もいない。周囲は山だらけ。でも、この山はただの山ではない。米軍の演習場なのだ。カーナビの画面にそう表示されなければ気がつかないだろう。

名護を出発して1時間半、ようやく国頭村へ入る。名物のヤンバルクイナとび出し注意の標識がお出迎え。まあ、絶滅危惧種だし、ヤンバルクイナに会えたらラッキーくらいに思っていたら、なんと道端にいた。車を見たとたんに森の中へと消えていったので、残念ながら写真は撮れなかったが。

ヤンバルクイナとび出し注意
ヤンバルクイナとび出し注意

奴が消え入った跡には獣道が続いており、その手前の路肩には注意を促す環境省の看板が立っていた。よく横断に使われている場所らしい。

このぶんならもう一回くらい見れるんじゃないかと思ったら、それは甘かったようで、後にも先にも会えたのはこの一回きりだった。

岬の少し手前に奥という集落がある。名前の通り、沖縄本島の最奥部といった感じである。ここにある奥共同店で国道58号線「ゼロ起点」到着証明を購入。

国道58号 ゼロ基点
国道58号 ゼロ基点

後で気がついたが、この証明書は郵便はがきになっている。すぐ近くに郵便局があるので、そこから出すのが正しい使い方といえよう。

国道58号線「ゼロ起点」到着証明
国道58号線「ゼロ起点」到着証明

しまった。日付を入れてもらうの忘れた。

辺戸岬

そして目的地、辺戸岬に到着。喜屋武岬と同じように断崖絶壁とはいえ、海に突き出す形の辺戸岬と、平地がいきなり切り立った崖になる喜屋武岬ではだいぶ趣が異なる。

辺戸岬と伊平屋伊是名諸島
辺戸岬と伊平屋伊是名諸島

そして、歴史的な経緯もだいぶ違う。喜屋武岬は戦時中の悲劇の場所として知られるが、辺戸岬は戦後の本土復帰にかかわる場所である。

というのも、辺戸岬からは与論島が見えるのだ。与論島は鹿児島県である。辺戸岬から与論島までたった20数kmしか離れておらず、東京 - 横浜間よりも近い。

この日は好天に恵まれ、与論島の姿をはっきりと見ることができた。

辺戸岬と与論島
辺戸岬と与論島

辺戸岬には、観光バスのご一行様がいたもののそれ以外の客はまばらで、そこそこ居心地がよかった。なお、岬の土産物屋やレストランは2012年の台風16号で破壊されたとのこと。てっきり潰れたのかと思ったら、そういうわけではないらしい。

普天間飛行場

岬を後にして、西回りで名護方面へ。道の駅 ゆいゆい国頭で昼食とお土産購入。これにて3日目午前の部は終了。午後は本命のオスプレイを見物するため、普天間飛行場を目指して南下する。

沖縄道を西原ICで降り、普天間飛行場の見学スポットで有名な嘉数高台公園へ。無料の駐車場があるとのことだったが、お世辞にも広いとはいえない。宜野湾市公式ホームページ(リンク切れ)によると収容台数18台とのこと。

駐車場には自衛隊の車両が止まっていた。なんか嫌な予感。

展望台に登ると、そこはプロ市民(たぶん)とミリオタ(おそらく)と自衛官(制服と体型からいって間違いない)が入り乱れる混沌の空間だった。非リア充的にはまあまあか。

自衛隊の皆さんはプロ市民の監視に来ているわけでなく、研修かなにかで訪れているご一行様らしい。

飛行場を眺めると、数機のオスプレイが駐機しているのが見えた。しばらくすると、そのうちの1機がローターを回し始めた。

駐機中のオスプレイ
駐機中のオスプレイ

「もうすぐ離陸するぞ」とプロ市民。その言葉を信じ、そのまま離陸を待つ。だが、ちっとも動き出す気配がない。本当に離陸するんかいな。

待つこと20分あまり。ようやく動き出した。といっても、地上を滑走路に向かって走っていくだけだが。

急に周囲の連中がシャッターを切り始めた。お、いつの間にか空中に浮いている。

ホバリング中のオスプレイ
ホバリング中のオスプレイ

1分ほどホバリングした後、こちらに腹を見せるようにして飛び立っていった。この状態でもローターは上向きなのか。意外。

飛行中のオスプレイ
飛行中のオスプレイ

これで今回の旅の最大の目的は果たした。あとはどうしたもんだか。こんなにあっさりオスプレイが見れるとは思っていなかったので、予想以上に時間が余ってしまった。

伊計島

ホテルでもらってきたガイドブックを見て考える。そうだ、海中道路を走ってみよう。

とにかく東海岸に出ればなんとかなりそうだということで、ナビに頼らず適当に走る。西原町役場のあたりから国道329号に出ることができたので、そこから北上開始。

あとは案内にしたがって海中道路を目指すだけだが、意外に遠い。やっとのことでたどり着いた海中道路、確かに眺めはよいが、単なる直線道路だという気がしないでもない。なんかレースゲームみたいだ。

このまま行けるとこまで行ったれということで、平安座島、宮城島を経て伊計島へ。うむ、見事なまでに畑しかない。その中にぽつんと縄文時代の遺跡があるというので訪ねてみた。

仲原遺跡というらしい。当時の竪穴式住居が復元されている。それにしてもずいぶん小さい家だな。本当にこんなところで寝泊まりしていたのだろうか。

仲原遺跡
仲原遺跡

島の北側には、犬名河(インナガー)という島で唯一の水源がある。ついでにここも訪れてみた。犬名河にはかなり急な坂、というかほとんど崖を下りていく。この道、手ぶらで上り下りするのだけでもきついのに、水を持って上がるとなるとかなりの重労働になりそう。

犬名河への道
犬名河への道

犬名河には鍵が掛けられていて、一般の人は利用できない。フェンス越しに中をのぞいてみると、透明な水が大量に流れていた。この水、どこから来ているのだろう。

犬名河
犬名河

伊計島にはちょくちょくレンタカーがやってくるが、ぱっと見た目でなにもないので、そのまま戻っていく車がほとんどのような気がする。おかげで、仲原遺跡、犬名河ともにひとりでじっくり堪能することができた。非リア充向けスポットとしておすすめしたい。

帰り道、浜比嘉島によって海中道路を眺める。うーん、こうしてみるとただの堤防道路だよな。

海中道路
海中道路

この後、石川ICから沖縄自動車道に入り、名護に戻って宿泊。とても充実した一日だった。誰とも会話してないけどな。

平和祈念公園

4日目。正直もう飽きた。しかも、昨日までと打って変わって寒い。天気もよくない。まあ、寒いといっても17℃くらいあるんだけど。

この日は特にやることもないので、南に向かって適当に車を流すことにする。そういえばお土産に紅いもタルトを頼まれていたので、とりあえずの目的地は御菓子御殿のある残波岬にしよう。そこ、空港でも購入できるとかいうな。

国道58号を南下。恩納村から沖縄県道6号に入り、残波岬方面へ。御菓子御殿で、紅いもタルトを筆頭にいくらかのお土産を購入。その後、残波岬公園に立ち寄る。天気がよくないせいか、あまり人はいなかった。

県道よりひとつ海沿いの道を進んで都屋漁港へ。この付近は道が狭い。徐行を促す看板にはSLOW DOWNの表記がついて回る。こういうところは米軍施設が集中している中部ならではだろう。

嘉手納飛行場の北部から島の東側へと抜けることにした。このあたりの車はYナンバーだらけだ。Yナンバーは運転が粗雑なのかと思ったら、決してそんなことはない。私の地元の標準的な運転のほうがよっぽど酷い。

嘉手納飛行場を後にして、沖縄県道20号経由で国道329号に出る。ここからは海岸沿いに道なりに進む。与那原町から国道331号へ。ここまで来るとレンタカーを見かけなくなる。この付近は眺めはよいが、観光地らしい観光地はない。

結局、たどり着いたのは平和祈念公園。実は2日目に前を通っているのだが、そのときは先を急いでいたのでスルーしていた。

平和祈念公園
平和祈念公園

公園の散策だけではもったいないなので、平和祈念資料館に入ってみる。入館者はそれほど多くなく、非リア充でも入りやすい。

ただし、ここに入るには別の覚悟がいる。沖縄戦で亡くなった方の写真が展示されているからだ。焼き殺された日本兵、射殺された若い女性、砲撃の犠牲となった子供。おそらく、比較的きれいな状態の写真を選んでいるのだとは思うが、死体画像には変わりない。

某鉄砲アニメとか某戦車アニメではなんぼ撃たれても平気だが、現実にはこうなる。

漫湖

この日の夕方にはレンタカーを返却しなければならないが、まだ少し時間がある。そこで、例のラムサール条約登録湿地を訪れることにした。

案内板 案内標識 幟
漫湖づくし

もうおなかいっぱいです。

ちなみに、この湿地にもオスプレイがいます。こっちのオスプレイにプロペラはついていませんが。

漫湖
漫湖

この後、那覇新港のあたりをうろうろした後、レンタカーを返却。この日の宿は再び那覇新都心。せっかくなので地元のスーパーをのぞいてみる。ランチョンミートと豚肉の品揃えは沖縄ならではといえよう。

外食も飽きたので、総菜を買って食べてみる。なんか味付けは地元とそんなに変わらんな。

国道58号線「終点」

5日目。この日は午後の飛行機で帰宅予定。本当は空港に向かう途中に漫湖を訪れるつもりだったのだが、昨日見てしまったのですることがない。うーん、困った。

あ、そうだ。国道58号線 ゼロ起点を訪れたのだから、終点も見てやろう。というわけで、やってきました明治橋。

明治橋
明治橋

この後、ゆいレールで空港に向かい、予定どおりの飛行機で帰宅。充実した5日間だった。満足、満足。

「何もない」があるのよ!

風香の台詞を信じて訪れた沖縄だったが、決してそんなことはないと思うぞ。でも、見返してみたら「何もない」写真ばかりだよなあ。やっぱりなにもないのか。

はいそこ、ないのは友達だとかいわない。

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