秋葉原無差別殺傷事件の軌跡を追う

秋葉原無差別殺傷事件と私

秋葉原無差別殺傷事件から6年。事件は人々の記憶から薄れつつあるように感じる。現在、秋葉原に通う若者の中には事件の詳細を知らない者もいるだろう。それだけの年月が過ぎたということだ。

当時、私の足は既に秋葉原から遠のきつつあったせいか、事件そのものにはあまり関心を抱くことはなかった。しかし、事件直後から現在まで、いまだに私の心に引っかかっていることがある。それは、犯行に使ったナイフを買いに行く間に、犯行を思いとどまることはできなかったのかということだ。

事件を引き起こした彼は、静岡県裾野市に住んでいた。そして、そこから440kmも離れた福井市までナイフを買いにいった。移動時間だけで10時間。一人旅の彼にとって、少なくともその間は手持ちぶさただったはずだ。その間、逡巡することはなかったのだろうか。

そして、車窓からの景色は彼を止めることができなかったのか。事件が風化しつつあるいま、そんな思い胸に、彼の軌跡を追ってみることにした。

往路

2014年7月31日、6:15。彼が住んでいたというアパートの前に立つ。そこから裾野駅へと向かう。彼のものと思われる携帯サイトの書き込みによると、彼が出発したのは6:41。30分ほど早いが、その時間までうろついているわけにもいかない。それこそ不審者として通報されてしまいそうだ。

彼が住んでいたとされるアパート(往路)
彼が住んでいたとされるアパート(往路)

途中、彼がよく利用していたという牛丼チェーン店とコンビニエンスストアの前を通る。日本中、どこにでもある風景だ。裾野という街におかしなところがあるわけではないが、逆にこれといった特徴もない。強いていうなら、街全体に勾配がついていてやや歩きにくいくらいか。コンビニに立ち寄り、おやつと飲み物を購入。

6:41、裾野駅に到着。1面2線の小さな駅だが、駅員が配置され、みどりの窓口もある。彼はここで福井までの切符を購入したのだろうか。携帯サイトの書き込みからすると、乗車券は前日のうちに裾野駅で購入したように思える。私は前日に地元の駅で発券してもらっていたので、窓口にはよらずに待合室で時間をつぶす。

裾野駅(往路)
裾野駅(往路)

夏休みに入ってはいるが、平日ということもあって制服姿の高校生が多い。彼が行動した2008年6月6日も平日で、似たような状況だっただろう。なんの悩みもなさそうに見える高校生の集団は、彼の目にどのように映ったのだろうか。

7:09発の沼津行き普通列車 2645Mに乗車。このとき、うっかりSuicaで乗車してしまった。列車が動き出してから気がついたので、沼津駅でいったん改札を出て、あらためて切符で乗車する。200円ほど余計な出費となったが、まあよしとしよう。

彼が行動した当日は人身事故で東海道線が止まり、「何もかもが私の邪魔をします」と掲示板に書き込んでいる。一世一代の行動を起こした初っ端に出先をくじかれたにもかかわらず、彼はその後の行動を躊躇する様子はない。幸い、私の乗車時にはそのようなトラブルはなく、7:32発の東京行き普通列車 328Mで三島駅に着いた。

三島駅
三島駅

三島駅で新幹線ホームへ。7:58発の新幹線こだま633号に乗車。4号車11番E席。夏休みで座れないかもしれないと心配していたが、窓際の座席がいっぱいくらいの乗車率だった。中央付近の車両はもっと人が多かったかもしれない。

彼はこの1本あとの新幹線こだま635号に乗車し、名古屋でひかりに乗り換えたようだ。今回の旅を企画した段階では、彼がアパートを出た時刻までは抑えていたものの、人身事故の件まで知らなかったので、てっきりこだま633号に乗ったのだと思っていた。ああ勘違い。

三河安城を過ぎたあたりで曇ってくる。しまった、今日は傘を持ってきていないぞ。

名古屋を出てすぐ、特急しらさぎ号と思われる在来線特急を抜く。たぶん米原で乗り換える列車だ。

岐阜羽島に到着。晴れてきた。

米原駅に到着。日差しは強いが、ホームはわりと涼しい。吹き抜ける風が気持ちよい。

米原駅(往路)
米原駅(往路)

10:56発の特急 しらさぎ5号に乗車。座席は3号車11A。車内は9割くらい埋まっている。ビジネス客と観光客が半々くらいか。

ここで後ろの人から声をかけられる。座席が回せないのでリクライニングを戻してもらえませんかとのこと。裾野のコンビニ以来、誰とも会話していなかっただが、ここで破られる。なんか負けた気がする。

大阪方面からの新快速が遅れており、5分ほど出発が遅れる。敦賀までに遅れを取り戻すのかと思ったが、結局福井まで5分遅れのままだった。

田村駅を通過。ここから長浜駅の間は琵琶湖がよく見える。

後ろの人に話しかけられていろいろ吹っ切れたので、ワゴン販売で缶コーヒーを買う。140円。自販機より10円高いが、まあそんなものか。

北陸道から離れると余呉湖が見えてくる。トンネルを抜けると近江塩津駅。10年以上前にここで降りたことがあるが、そのときとなにも変わっていない気がする。続いて新疋田駅を通過。ホームに人がいる。

はるか頭上に見える舞鶴若狭自動車道をくぐると敦賀駅。港への引込線はバリケードで封鎖されている。次の武生まではトンネルが連続する。敦賀 - 武生間を走行中、彼は「やばい田舎を走ってるんだが」と書き込んでいる。今庄あたりの風景を見てそう思ったのだろう。武生を出てすぐの鉄橋からは、川を泳ぐ鯉が見える。のどかな風景だ

12:03、福井駅に到着。彼はここから普通列車に乗り換え、隣の森田駅に向かったらしいのだが、彼が利用した列車は2014年現在ではなくなってしまったようだ。これは困った。

福井駅(往路)
福井駅(往路)

できるだけ彼の旅を忠実に再現したかったのだが、次の列車を待っていると時間がかかる。そこで、並走するえちぜん鉄道 三国芦原線で森田駅の近くまで向かうことにした。

福井にて

えちぜん鉄道の利用は我ながらいい考えだと思っていた。だが、結論を先にいえば、これは失敗だった。おとなしく次の電車を待っていたほうがよかったのだが、そんなことは露知らず、12:10発の三国港行きに乗車。

えちぜん鉄道 福井駅
えちぜん鉄道 福井駅

えちぜん鉄道のりばには自動券売機がなく、切符は窓口で買う。このとき、森田駅の最寄りと思われる中角駅を「なかつの」と読めず、「ちゅうなんとかまで」といってしまい、恥ずかしい思いをすることになった。

車内では女性のアテンダントが観光案内をしてくれる。このようなサービスがあるとは知らなかったので、意表を突かれるとともに感心した。しかし、森田駅までJRで向かった彼は、このサービスを受けることはなかっただろう。

仮に彼がえちぜん鉄道に乗車し、切符売りの駅員やアテンダントに声をかけてもらえたとしても、おそらくなにも変わらなかっただろう。しかし、帰路の途中で「人間と話すのって、いいね」と書き込んだ彼を、ほんのちょっとだけ引き戻す方向に動かしたかもしれない。

中角駅にはすぐかと思ったが、駅間が短く、駅の数が多いだけにやたらと時間がかかる。九頭竜川を渡り、12:26、中角駅に到着。下車した客は私だけ。

えちぜん鉄道 中角駅
えちぜん鉄道 中角駅

さて、森田駅はどっちだ。えちぜん鉄道の利用はしらさぎに乗っているときにふと思いついたに過ぎず、あまり深く考えていなかった。

灼熱の太陽が照りつける中、なんとなく西の方という記憶だけを頼りに、九頭竜川岸に広がる田んぼの中をさまよう。かなり遠回りしたものの、ようやく森田駅が見えてきた。あともう少しだ、そう思った私の目の前を無情にも金沢方面への普通列車が去っていった。

森田駅を発車する335M 金沢行き
森田駅を発車する335M 金沢行き

結局、おとなしく福井駅で待ってたほうが早かったじゃないか!

しかも、森田駅が目の前に見えているのに、目の前の線路を渡って駅舎方面へと出る道がない。駅のすぐ前後に踏切があるだろうと思っていたのだが、この考えは甘かったようだ。13:01、ようやく森田駅に到着。

森田駅
森田駅

彼はここからタクシーを利用したらしい。現在、森田駅前にタクシー乗り場はあるものの、常駐しているタクシーはいないようだ。乗り場に書かれている電話番号にかけてタクシーを呼ぶことにしたが、ここで重大な問題に直面した。

森田駅 タクシー乗り場
森田駅 タクシー乗り場

市外局番がわからん!

たまたま駅の窓口に駅員がいたので、恥ずかしながら市外局番を尋ねる。丁寧に教えてもらい、感謝。さっそくタクシー会社に電話する。

「15分、いや20分くらいかかるかもしれませんね」

きっちり20分後、タクシーがやってきた。乗り込んで行き先を告げる。

行きのタクシーの運転手はほとんど会話することなく、13:22、目的地のエルパへと到着。料金は1,370円。西出入口から館内へと入る。

エルパ西出入口
エルパ西出入口

エスカレータで2階へと上がり、彼がナイフを購入した店があった場所へとやってきた。いまやその店の存在を思わせるものはなにもない。

エルパ2階
エルパ2階

実は、事件から6日後の2008年6月14日、ここを訪問したことがある。2ちゃんねるかなにかでこの店の女性店員がかわいいとの書き込みを読み、だったら見にいこうぜとかそんな軽いノリだったと思う。当研究所の公用車であるR2を駆り、楢峠経由で向かったことを覚えている。当然ながら店は閉まっていた。

休店のお知らせ
休店のお知らせ(2008年6月14日)

このときはまさか、彼がその女性店員からナイフを買ったとは夢にも思わなかった。後日、書籍を読んで彼女が実在していたことを知った。彼女はいまどこでなにをしているのだろうか。

ナイフを購入後、彼はエルパ内の回転寿司屋で昼食を取ったようだ。携帯サイトには「一人で回転寿司 おいしいよ」とある。彼と同様、私もひとりで回転寿司屋に入り、昼食にする。

エルパで昼食
エルパで昼食

食事後、タクシー乗り場へと向かう。彼がタクシーがいないことをぼやいていたが、今回はそんなこともなく、待機していたタクシーにすぐ乗ることができた。14:05、エルパを出発。

エルパ タクシー乗り場
エルパ タクシー乗り場

帰りのタクシーの運転手は話し好きな方だった。50年前に比べると明らかに暑いとか、高齢者が増えて年金が破綻するとか、大阪にカジノができる話とか、福井には大きな企業がないとか、とりとめのない話が続く。それにあわせて、私からも勝山とか大野に比べて暑さはどうですかとか話を振ってみる。

そんな会話を交わしていたら、「お客さん大阪の人?」と聞かれた。どこにそんな要素があったんだろうか。20分ほどおしゃべりを続けるうちに、福井駅に到着。料金は2,170円。

福井駅(復路)
福井駅(復路)

乗車予定の特急の到着まであまり時間がない。急いで改札をくぐる。彼も同じように改札を通ったはずだ。彼と私の違いは手元にナイフがあるかないか、そして、2日後に凶悪犯罪を引き起こすかどうかだ。この決定的な違いがある以上、私が彼の心情を理解するのは無理なのかもしれない。

復路

ホームでお土産を買い込み、14:35発の特急しらさぎ10号に乗車。座席は7号車9D。往路と逆の山側にしてみた。行きと違って空席が目立つ。乗車率は20%くらいか。少しだけ傾きかけた太陽の日差しを受けて、越美山地の山肌がまぶしい。

そんな中に突如と現れる眼鏡の野立て看板。鯖江市の悪夢、メガネブ!を思い出す。

野立て看板
野立て看板

あれよあれよという間に鳩原ループを過ぎ、余呉湖を越えて米原へ。15:58発のひかり526号に乗車。当時は上下線同時発車だったようだが、2014年現在はそのようなダイヤではない。

米原駅(復路)
米原駅(復路)

名古屋でこだま668号に乗り換え。13号車6番D席。車内はガラガラで、乗客は私をいれてたったの3人。彼と同じ行動をとるのであれば、その後のひかり474号に乗るべきだったのだが、このときはそこまで頭が回らなかった。

名古屋駅
名古屋駅

17:11、浜名湖を通過。彼は携帯サイトに「浜名湖だ浜名湖」と書き込んでいる。素直に車窓を楽しんでいるようだ。この書き込みからは、2日後に事件を起こすようには思えない。しかし、事件は起きてしまった。

浜名湖
浜名湖

18:18、三島に到着。18:24発の浜松行き普通列車 473Mに乗るつもりだったが、ホームを間違えて乗り過ごしてしまい、18:35発の沼津行き普通列車 329Mで沼津へ。彼は沼津で風俗店に寄ってから帰宅したとのことだが、いかんせん場所がわからない。駅前のドトールで時間をつぶす。本当だよ。

沼津駅
沼津駅

沼津駅へ戻り、19:16発の国府津行き普通列車 2566Mで裾野へと向かう。裾野到着は19:35。もしかしたら彼が乗った電車はもっと後の電車かもしれない。また、御殿場線のダイヤは当時からずいぶん変わってしまったため、いずれにせよ完全に再現することはできない。

裾野駅(復路)
裾野駅(復路)

裾野駅から徒歩でアパートへ。日が沈んだとはいえ、まだまだ暑い。汗をかきながら必死に歩く。19:58、再びアパートの前へと立った。これにて今回の旅は終了。

彼が住んでいたとされるアパート(復路)
彼が住んでいたとされるアパート(復路)

出発からおよそ13時間半。往復でおよそ900kmの旅。富士山、浜名湖、琵琶湖、余呉湖。越美山地の山々に九頭竜川。これらの風景は彼の目にどのように映ったのだろうか。携帯サイトには風景についての書き込みが複数あることから、彼がしばしば車窓を眺めていたことは間違いないだろう。事件を起こせばこの風景を二度と見られなくなることもわかっていたはずだ。それにも関わらず事件は起きた。

携帯サイトの書き込みにはこうある。「ちょっとしたきっかけで犯罪者になったり、犯罪を思いとどまったり やっぱり人って大事だと思う」、「人間と話すのって、いいね」、「タクシーのおっちゃんともお話した」。彼が求めていたのものは景色よりも人間だったのだろう。

裾野駅へ戻る途中、牛丼チェーン店の隣を通り過ぎた。彼がよく利用していたという店である。私も同じ牛丼チェーン店をよく利用する身だ。友達の数や普段の行動において、彼と私にそんなに差があるようにも思えない。

彼と私を分けるものはなんなのか。やはり私は恵まれているのか。いろいろと考えながら夜の街を歩く。裾野駅の灯りが見えてきた。ここから電車で御殿場駅へ向かい、車に乗り換えて自宅へと帰る。そう、私には帰る先があるのだ。彼と同様、出迎えてくれる人がいなくても。

事件の記憶は日々薄れていくだろう。それでも、今日考えたことは忘れないようにしたい。そのための記録として、今日の旅をここに記す。

参考文献

中島岳志:秋葉原事件 加藤智大の軌跡(朝日新聞出版、2013年)

2008年6月8日に秋葉原で発生した通り魔事件 まとめwiki
https://w.atwiki.jp/akb_080608/

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