日本の道100選より つくば道と暗峠越奈良街道

8月10日は道の日です

1986(昭和61)年、当時の建設省(現在の国土交通省)により、8月10日が「道の日」に制定された。さらに、これを記念し、都道府県の推薦と「日本の道100選」選定委員会によって「日本の道100選」全104路線が選定された。選定は2年をかけて行われ、、昭和61年度は「歴史性」と「親愛性」、また昭和62年度には「美観性」と「機動性」がテーマとされた。

ちなみに、選定された路線にはそのことを示すプレートが設置されている。下の写真は日本の道100選のひとつ、茨城県つくば市の学園東大通りのプレートだ。

日本の道100選のプレート

というわけで道の日にちなみ、8月10日から11日にかけて、日本の道100選の中からふたつの路線、つくば道(茨城県道139号 筑波山公園線)と暗峠越奈良街道(国道308号)を訪ねてみることにした。

なぜこの2路線を選んだかというと、どちらも酷道ファンの間で有名な路線だからである。近世以前の道をそのまま舗装しただけのような狭隘路線であると同時に、山肌を直線的に上る急勾配路線でもある。その一方で、人家の間を縫うように走るという都市型酷道の特徴も持つ。一粒で三度おいしい路線なのだ。

さて、せっかくの酷道&険道だ。当初は車で向かう予定だった。そのために車を点検に出し、エンジンオイルも交換した。どこをどう通って行くかの事前検討も行った。しかし…

絶望した!ガソリン価格の高騰に絶望した!

というわけで、お目当ての2路線は徒歩で楽しみ、その間の移動は鉄道、しかも青春18きっぷになった。

お兄様、なんたるチキン!

みんな貧乏が、みんな貧乏が悪いんや。

つくば道 茨城県道139号 筑波山公園線

8月10日、日曜日。冒頭で述べたように道の日である。土浦駅から7:10発の下妻駅行きバスに乗る。バスに揺られること35分、北条仲町にて下車。今日の舞台、つくば道はバス停のすぐ近くから始まる。でかい石碑が建っているのですぐわかる。

茨城r139終点

北条の集落を抜けると太い道に出るが、これを左折してまたすぐ右折、道はまた細くなる。神郡地区へ入ると目の前に筑波山が見えてくる。さらに進むと臼井地区へ。ここまでくると筑波山がはっきりとその姿を現す。つくば道の終点は、ちょうど山腹に見えているホテル群のところだ。

臼井地区

水田を抜けると坂が始まる。道は狭いが普通のアスファルト舗装。途中曲がりくねっていて見通しが悪いところがある。意外に交通量が多いので車に気をつけねばならない。上にホテルがあるせいか、地元の車だけでなく、他県ナンバーのセダン、それも3ナンバー車が遠慮なく通る。

アスファルト舗装の坂

もちろん一方通行ではないので、ときどき車が鉢合わせする。カーブの道幅が広いところとかを利用すれば離合はそれほど難しくない。ただ、坂を上る側は停止すると再発進がちょっと面倒そうだ。

歩き出してからおよそ40分、鳥居が見えてきた。この道が筑波山神社への参道である証である。この鳥居をくぐって直進が県道だ。実はここまではほんの序の口。茨城県道139号の本領が発揮がされるのはここからだ。

鳥居から先、舗装がアスファルトから溝付きのコンクリートに切り替わる。路面に刻まれたタイヤの跡が目立つ。これからが本当の地獄だAA(ry

鳥居

道は平地と勾配を交互に繰り返す。人家の入り口ではフラットに、その間をつなぐ部分が勾配ということになる。その様子がわかる一枚。

コンクリート舗装

後ろを振り返ってみる。急勾配のため、上ってきた道が死角に入ってしまい見ることができない。ここはスキー場ですか。スキーなんてやったことないけど。

来た道を振り返る

坂にかかるまではたいして汗もかかず、真夏といえ楽勝かと思っていたのだが、そんな甘い考えは完全に吹き飛んでしまった。汗だくになってひたすら坂を上る。疲れがピークに達する頃、勾配を物語る左右の階段状のブロックが途切れ、ひとつの分岐が現れた。

茨城r139分岐

おそらくつくば道はこのまま直進であろうが、県道はこのカーブミラーのところを左折である。今回は県道をトレースすることにして左折。決して疲れたから手抜きしたわけじゃないぞ…ごめん嘘。

道は再びアスファルト舗装に戻る。今度は等高線に沿うように進むため勾配はない。5分も歩くと茨城県道42号 つくば笠間線にぶつかる。これにて茨城県道139号は終了。終点付近には申し訳程度に路線番号案内標識が立っている。ここまで歩いてきた道がまぎれもなく県道であることを示している。

茨城r139起点

すぐ近くの二十三夜前バス停からバスに乗って筑波山口へ。ほとんど待つことがなく8:47発のバスに乗ることができた。筑波山口からは9:30発のバスで土浦駅へ。駅ビルで食事でもして休んでいこうと思ったら、いつの間にか駅ビルは休業していた。

土浦駅 10:30発の普通列車に乗り込み、次の目的地、暗峠奈良街道の起点となる奈良へと向かう。12時間の列車の旅だ。

暗峠越奈良街道 国道308号

日付は変わって8月11日、月曜日。近鉄奈良駅から始発列車で近鉄生駒駅へ。近鉄生駒線に乗り換えて近鉄南生駒駅で下車。奈良街道というからには近鉄奈良駅から歩くのが本筋であるが、また手を抜いた。難所であり名所でもある暗峠だけ歩こうというわけである。

近鉄南生駒駅には5:42に到着。さっそく国道308号を探す。

近鉄生駒線の踏切

見つけた。近鉄南生駒駅のすぐ南側の踏切だ。初っ端からやってくれる。トラック、バスは通行禁止。どのみち直角カーブのせいでこちらからは突入不可だろう。カーブの隅に立っているミラーの下はゴミ集積場で、ちょうど近所のおばさんがゴミを捨てにきたところだった。ちなみに、この踏切は一方通行ではない。

国道168号交点

目指す暗峠は踏切とは反対方向になる。国道168号を横切って暗峠を目指す。ここからしばらくは一方通行らしい。さらに、「暗峠せまいため 幅1.8メートルの車 ロングボディーの車 通行禁止」の看板がある。こちらは一方通行だ。

ひたすら延々と上り坂。しばらくは歩道がある。近くに小学校があるためだろうか。道は狭いが両側に家が立ち並ぶ。家々が途切れると二車線になるがそれもほんのわずか。路面は滑り止め付きのコンクリートに変わり、また周囲に家々が立ち並ぶ。

大門町付近

また家々が途切れると、少しであるが鬱蒼とした竹林の中を進む。路面はアスファルトに戻り、坂もいったん打ち止め。途中、「石造阿弥陀如来立像」という石像がある。生駒市の文化財のようだ。

如来像の先で道は太くなるが、ここで幅員1.3m制限の標識が出現する。引き返すならいまのうちということか。それに入り口の1.8mからいつの間にか狭くなっているし。

幅員1.3m制限

しばらくしてまた上り坂となる。行く手の左側には水田が広がるが、いったいどこから水を引いているのやら。やがて道の両側に路側帯が出現し、さらには2車線となるが、それも束の間のこと。また滑り止めつきコンクリート舗装になる。

暑い。まだ6時半くらいだというのに太陽がすっかり昇り、じりじりと背中を焼く。峠は目の前に見えているが、いつまでたっても距離が縮まらないような気がする。勾配もどんどんきつくなるので余計に辛い。

西畑町

センターラインがあるにも関わらず滑り止め付きのコンクリート舗装。追い越し可とはいえ、少なくとも上りで追い越しをかけるのは無理だと思われる。

さらに歩くと信貴生駒スカイラインが見えてくる。国道308号から信貴生駒スカイラインに入ることはできない。逆もまた然り。

信貴生駒スカイライン

信貴生駒スカイラインの下をくぐると風景が一変する。暗峠に到着だ。歩き出してからちょうど1時間というところか。まだ30分くらいしか歩いていないつもりだったが、意外に頑張ったな、俺。

暗峠

噂には聞いていたが、本当に路面が石畳だ。とはいえ石畳なのは峠のわずかな部分だけで、ここから先の大阪側は近鉄奈良線の近鉄平岡駅近くまでコンクリートの路面となる。奈良側よりも大阪側のほうが急勾配なのだ。では下りのはじまりはじまり。

東豊浦町

っていきなり先が見えんがな。これを歩いて下りろというのか。

延々と坂を下りる。峠付近には集落があるが、少し下りてゆくと左右に木々が生い茂るようになり、コンクリート舗装の立派な道と交わる。何故か鉄製のゲートがあって車が通れないようになっているが。ちょうどこの付近には温度計がある。それによると24℃。いくらなんでも低すぎるような気がする。壊れてるんじゃないか。

直進が国道

上の写真において、正面のコンクリート舗装の道が国道308号だ。左右のアスファルト舗装は国道でもなんでもない。また、ここから先は異常気象時の通行規制区間である。連続雨量170mmで通行止めだ。つまり、大雨が降ると峠付近の住民は大阪府民なのに大阪側に出ることが不可能となる。

さらに下りてゆくと、大阪側で唯一のヘアピンカーブが出現する。タイヤの跡がくっきりと残っている。こんなところで頭文字Dごっこをする連中がいるとも思えないし、それだけタイヤを削るということなのだろう。

ヘアピンカーブ

♪コンクリート タイヤを切りつけながら 暗峠走りぬける…字余り。

眼下に大阪の街が広がるというのに、道はいまだ山の中。しかも市街地が遥か下に見える。ちなみに写真中央付近を斜めに横切る高架は阪神高速13号 東大阪線、その下を国道308号が通る。阪神高速13号にはもうひとつの国道308号、第二阪奈有料道路が接続されている。

眼下に広がる大阪の街

この付近からだいぶ車が増えてきた。あわせて10台くらいになるだろうか。一方通行というわけではないのだが、どの車も奈良から大阪方面へと向かっていった。朝の通勤ルートなのかもしれない。

左手にお寺が見えてくると間もなく市街地だ。勾配と道幅の狭さは相変わらず。人の行き来が増えるので、車だと峠付近よりも通りにくいかもしれない。一部、路面がアスファルトとコンクリートが混ざった構造になる。

ようやく市街地へ

家々の間を下りてゆく。相変わらず道は狭いがこれでも国道であることに間違いはない。路面は再びコンクリート一色に戻る。こども飛び出し注意の看板があるが、実は暗峠からずっとこの道は通学路でもある。こんなところを毎日歩いて通ったら相当強じんな体になりそうだ。

さらに下りてゆくと近鉄線にぶつかる。ここを左折し枚岡駅へ。ここで国道308号とはお別れだ。この先、大阪の中心部への道も省略させてもらう。疲れてこれ以上歩く気になれない。およそ1時間30分の峠越えであった。大阪府道170号 枚岡停車場線を線路に沿って歩いてゆくと近鉄枚岡駅だ。電車で近鉄奈良駅に戻り、コインロッカーに預けておいた荷物を回収。再び青春18きっぷで帰宅。

つくば道 vs. 暗峠越奈良街道 角度を測ってみた

せっかくなので測定機器を持参して角度を測ってみた。両路線とも角度がきつそうなところで何回か測ってみたのだが、私が測定した限りでそれぞれ最高値の次のとおりだ。

つくば道 暗峠

左がつくば道、右が暗峠(閲覧環境によっては上がつくば道、下が暗峠)だ。つくば道は鳥居を抜けてしばらく進んだところ、暗峠はヘアピンカーブから少し奈良側のところになる。目分量で申し訳ないのだが、つくば道は16.3°、暗峠は20.7°というところであろうか。暗峠の勝利といってよいだろう。

さて、つくば道と暗峠の勾配というのは世間一般の坂道と比べてどんなものなのだろうか。

一般に交通機関の勾配は水平距離と高低差の比で表される。特に、道路の場合はパーセント(%)がよく用いられる。例えば、水平に100m進んだときの高低差が2mであれば、2m÷100m×100=2%となる。100を掛けるのは%にするためだ。

角度から垂直/水平比に直すには正接(tangent)をとればよい。計算すると次のとおりだ。

この値を世間一般の坂道と比較してみよう。

まずは高速道路。上信越自動車道の横川SA - 碓氷軽井沢IC間には5%、中国自動車道の荷卸峠には6%の勾配がある。荷卸峠は大人の男性3人が乗った軽自動車で運転したことがあるのだが、アクセルべた踏みでも60km/hを切るくらいの急坂だ。また、高速道路ではないが、名阪国道の90.9 - 91.4キロポスト区間が6%(*1)である。当たり前だが、この手の立派な道路は皆一桁で勝負にならない。

では一般道路ではどうか。国道274号日勝峠が6.2%(*2)、国道33号三坂峠が7.3%(*3)だ。県道を通り越して兵越林道をもってしても最急勾配は11.3%(*4)。ようやく二桁に達したが、それでもつくば道と暗峠の圧勝である。

さて、圧勝を喜ぶのはいいとして、なぜダブルスコア以上の差がついてしまうのか。

実は道路の最急勾配は道路構造令(昭和45年10月29日 政令第320号)で定められている。普通道路は標準で9%(例外12%)、小型道路は標準で12%(例外は制限なし)だ。つまり、それなりの道路で12%以上の勾配というのは滅多にないのだ。それゆえ、一般的な道路にライバルが見あたらないのだろう。逆につくば道と暗峠にこれほど急勾配が許されているのは、おそらく小型道路の例外が適用されていると思われる。

つくば道と暗峠、ともに世間一般の坂道とは文字通り比べものにならないことはわかった。それはいいとして、だったら何と比較すればいいんだろう。

つくば道&暗峠越奈良街道 スキー場と比べてみた

勾配をイメージするには、つくば道のところでちょこっと書いたがスキー場がぴったりである。一例として札幌国際スキー場と比べてみる。ここのゲレンデ情報によると、それぞれゲレンデの斜度は以下のとおりである。

別のスキー場もみてみよう。妙高杉ノ原スキー場のコースマップだと次のようになる。

これからわかるように、つくば道も暗峠もおよそ初級者から中級向けのスキー場と同じくらいの斜度があるというわけだ。もしこれらの道路に雪が積もると、スキー場と化してしまうといってよい。そうなると車どころか徒歩でも危険だ。

私と同様、スキーなんかやったことないという人にはイメージしにくいかもしれないが、それはご勘弁を。他に適当な20°程度の坂というものが思いつかなかったので。

結局車でいってみた

帰宅してから5日後の8月16日、いてもたってもいられなくなり車で出発。翌17日に暗峠を越え、そのまま引き返してつくば道へ。結局、今年の夏休みこれにて終了。

つくば道 午後2時2分 暗峠 午前5時20分

超チキンな私は、まだ人が通らぬ夜明け直後にこっそり暗峠を通過。実はまだ暗いうちに到着したのだが、写真を撮るため少し明るくなるまで待っていた。意外なことに、その1時間くらいの間に何台か車が通っていった。

その後、阪神高速→近畿自動車道→名神高速道路→中央自動車道→首都高速→常磐自動車道と乗り継いで筑波山へ。つくば道への到着は真っ昼間だったので、車が途切れた合間を縫ってのゲリラ撮影。この写真を撮っているときも対向車が上ってきており、慌てて車に戻るはめになった。

何故こうなったのか……
どこでどう間違ったのか……
僕がしたかったのは……
こんな夏休みじゃない!!

参考文献

*1 高石光博、濱中拓朗、 立川敬士、 石川金徳:『名阪国道における突発事象検出システムの計画設計』こうえいフォーラム10号、 pp.21-25、(2001)
*2 旭川土木現業所『夕張新得線道路改築事業(赤岩トンネル)について』 (2004.4.15)
*3 岡三リビック株式会社『岡三マンスリー』 2004年02号
*4 国土交通省中部地方整備局飯田国道事務所『第1回青崩峠道路懇談会の内容 説明資料』(2002.7.31)

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